元祖ステンレスカーを見物に
先月の話になりますが、タイトルの通りです。
ことし7月23日から9月27日の予定で、通常は下之城の車庫に保管されているクハ5251が城下駅に展示されるとのことで、現地に足を運びました。
東京から北陸新幹線にて、上田駅です。
同線は安中榛名から軽井沢までの急こう配によりいわゆる耳キーンが起きることがあるので、あまり乗らない方が身のためなのかなとふと思うこともあります。
開幕からこんな後ろ向きではいけないのですが…。
▲千曲バス・KC-MK219J |
KC-代ミディの2段窓というと、かつて東急バスにいた元NHK線専用車をほうふつとさせられます。
不通となっている上田~城下間のみ上田バスによる代行輸送が行われていますが、やってきたのは元東急バスのKL-代エルガでした。
肩部から屋根の部分は銀色に見えますが、その部分は塗り替えていないようです。
肩部から屋根の部分は銀色に見えますが、その部分は塗り替えていないようです。
この代になると車内も標準化が始まっており、前事業者を実感できるのはモケットぐらいでしょうか。
上田方にはプレハブ小屋と降雨対策か、カーポートを流用した屋根が設けられ一拠点となっています。
前面幕は毎週月曜日の10時ごろに変更されるとのことで、訪問時は快速上田表示でした。平成2年3月から3年間のみ運行されていたそうです。
心なしか緑色の旧5000系よりも愛嬌のある前面に見えます。
J-TREC横浜事業所にも片割れの電動車が静態保存されていますが、やはり近くで見ると違いますね。隣の1000系をも上回りそうなピカピカな状態です。
何よりも扉の開け閉めができるのは貴重な機会ですね。
あくまで一時的な措置であることが伺えます。
赤帯と全面手すりのあるスタイルは東急ではもう見られないので是非押さえておきたいもの。
東急車では、雪が谷車にもLED案内表示器を取り付けた(元住吉車の流用)平成26年に消滅していたと記憶しています。
つり革は導入時はオリジナルでしたが、後年に東急5000系の同用品に交換されています。
また東急車で平成28年から交換が行われた側引戸窓ですが、こちらはオリジナルの3mm厚でセントラル硝子製です。
帰りは城下からバスには乗らず、被災現場を見ていくことにしました。
堤防と橋脚部は既に造り直されており、あとは鉄橋の設置を待つのみといった状況です。
千曲川を渡った反対側からです。
やはりここは東急グループ。東急建設が携わっているのですね。
なお、架線は一時的に撤去されているようです。
▲上田バスN-031号車・KL-UA452KAN改 |
上田駅に戻ると、これまた元東急バスの西工UAが止まっていました。どうせ乗るならこっちが良かったなと思いつつ、駅を後にします。
私は味噌ラーメンはあまり良い思い出が無く―というところはありましたが、思いのほか味噌が主張しておらず食べやすく、美味しく頂けました。
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